近年再審が認められた事件で、氷見事件や足利事件は、被告人が犯人ではないことが100%証明できるケースでしたが、布川事件では、再審においても「疑わしきは被告人の利益に」の原則が適用されるといういわゆる「白鳥決定」に沿って再審が開始されたケースであり、高い評価を受けています。
名張事件は非常に物証の乏しい事件です。足利事件のようにDNA鑑定で動かぬ証拠を突きつける、ということはできません。真犯人が名乗り出る以外、裁判所が白鳥決定に従わないと再審開始は望めないケースです。
そして今回の再審請求でも、この白鳥決定に従えばどう転んだって裁判所は再審開始決定するしかないはずでした。
2005年、名古屋高裁は白鳥決定に従い、犯行に使われたとされる農薬はニッカリンTとされてきたが、じつはそうではなかったという合理的な疑いが生じたとして、名張毒葡萄酒事件の再審開始決定を出しました。
しかしその再審開始決定に検察が意義を申し立てをし、2006年、名古屋高裁(門野裁判長)は再審開始決定取り消しました。取り消しの理由は、被告人が有罪である事につき合理的な疑いを生じさせるだけでは足りない、被告人が有罪ではないことを100%証明しない限り再審開始は認めないという、白鳥決定に反した酷いものでした。
●参考記事:(2006/12/27)【過去記事】失望させる再審開始の取り消し
http://akiharahaduki.blog31.fc2.com/blog-entry-2.html弁護団は最高裁に特別抗告し、最高裁は、2006年の再審開始取り消しは鑑定の結果を無視して勝手に推論を重ねたもので「科学的知見に基づく検討をしたとは言えず、その推論過程に誤りがある疑いがあ」るものだ、だからもう一回きちんと科学的な検討をしろと、差し戻し決定をしました(だったら最高裁が破棄自判しろよと言いたいですが・・)。
ところが名古屋高裁はまたしても科学鑑定の結果を無視して勝手に推論を重ねました。「こういう可能性もあるからニッカリンTではなかったと断言するにまではいたらないでしょ?」として再審開始を蹴りました。
(具体的には、決定要旨を報道した
こちらと江川紹子さんのツイートより
弁護団弁護士の談話をどうぞ)
最高裁の差し戻し理由を無視して同じ事を繰り返した格好です。
2006年の門野決定も今回の下山決定も、見事に白鳥決定の「し」の字にも言及していません。完全無視です。
しかも今回裁判所がやらかしたこの推論は白鳥決定に反するという他にも問題点があります。
それは、審理の時には俎上にものぼっていない、検察も鑑定人も言及していない独自の推論を判決で突然出してきたことです。
これは被告人(請求人)にとっては甚だしい不意打ちです。そんなことされたら被告人には裁判所のその仮説に反論する機会は全くありません。これは完全に被告人の防御権を侵害しています。
弁護団団長は
「化学の素人の裁判官が、鑑定人が言及もしていないことを推測、推認によって、再審の扉を閉ざした。怒りに堪えられないほど悔しい」
と述べています(
江川紹子さんのツイートより)
被告人(請求人)に対するこのような不意打ちは刑事裁判ではやってはいけない禁じ手だというのに、裁判所みずからこんな愚を犯すとは・・・。
また、今回の審理でも裁判所は検察に対して証拠開示命令を出しませんでした。
被告人に不利な証拠も有利な証拠も証拠という証拠はすべて検察が握るのが日本の刑事裁判のシステムです。証拠の収集に関しては検察と弁護側では検察が圧倒的に優位、いわゆる「原爆と竹槍」ほどの違いがあるのです。
だから裁判所が証拠開示命令を出してくれないとどうしようもないことが多々あります。現に過去の死刑再審事件では裁判所の証拠開示命令によって検察が渋々出してきた証拠によって、被告人の無罪が証明されました。
でも名張事件では裁判所は開示命令を出してくれませんでした。裁判所の不公平な姿勢は非常に残念です。
名古屋高裁(下山裁判長)は意地になって再審を認めないようにしているとしか見えません。
何故でしょう?
これは私の想像なのですが、裁判所が裁判員裁判を視野に入れてるからではないかという気がするのです。
死刑事件でなければ白鳥決定にも従おう。検察もさっさと非を認めて汚点から猛ダッシュで遁走しよう。
でも死刑事件はダメだ。
死刑事件は真犯人が新たに出てきたとか(氷見事件)DNA鑑定でひっくり返ったとか(足利事件)でない限り再審を認めないという態度を貫かねば、裁判員は際どいケース(たとえばこないだの
木村被告のケース)で死刑判決を出すことを躊躇する可能性が出てくる。
名古屋高裁(下山裁判長)にはそんな思惑があったのではないかと想像してしまいます。
もういちど繰り返しますが、
EU議長国のスペインでは名張事件は「こんなことが文明国であり得るのか」と絶句され、奥西さんは世界で最も危機に瀕する人権状況にある人10人の一人に選ばれているのです。司法はこのまま奥西さんの獄死させ、臭いものに蓋をしようとしているとしか思えません。第二の帝銀事件です。
こんな非人道的なことが文明国で許されて良いのでしょうか?
最高裁がこの決定を破棄、再審開始を決定してくれることを心から望んでいます。
そして、
再審請求手続きにこそ国民が関わる裁判員制度にすべきだと強く訴えたいです。以下、名張弁護団声明と他の参考資料をあげておきます。
●名張弁護団声明
弁護団声明
本日,名古屋高等裁判所刑事第2部は,請求人奥西勝氏に係る名張毒ぶどう酒事件第7次再審請求の差戻し異議審につき,不当にも,検察官の異議申立を容れ,2005年(平成17年)4月5日に同高裁刑事第1部が行った再審開始決定を取り消し,本件再審請求を棄却する旨の決定を行った。
2010年(平成22年)4月5日,特別抗告審である最高裁判所第三小法廷は,再審開始を取り消した異議審決定は「科学的知見に基づく検討をしたとはいえず,その推論過程に誤りがある疑いがあ」るとの理由で本件を名古屋高裁に差し戻した。
同最高裁決定は,本件で農薬が混入された飲み残しぶどう酒とその対照用に用意されたニッカリンT入りのぶどう酒のペーパークロマト試験の結果に相違が生じていることに疑問を呈し,その相違の原因を科学的に検討することを命じたものである。これに関し,検察官は,差戻し異議審において,それまでの異議審及び特別抗告審における主張を翻し,新たな主張を展開したが,ニッカリンTの再製及びその成分分析の結果,検察官の主張は否定され,逆に弁護団の従来からの主張が裏付けられることとなった。そして,結局,本件毒物がニッカリンTであるとすれば,上記ペーパークロマト試験の結果の相違は科学的に説明できない状況に至った。この審理結果からすれば,奥西氏が当時所持していたニッカリンTを本件犯行に使用したとの確定判決の認定に合理的疑いがあることは明らかである。
ところが,本日の決定は,検察官さえ主張していない,何ら科学的根拠に基づかない推論により再審開始決定を取り消した。これは,最高裁から指摘された科学的知見に基づく検討を放棄するものであると共に,「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則も無視する不当極まりないものである。弁護団は,到底,かかる決定を受け容れることはできない。
奥西氏は,第1審において無罪判決を受けたにもかかわらず,控訴審において思いがけなく死刑判決を受け,その後,死の恐怖と孤独に耐えながら長きにわたり再審の闘いを続けてきた。そして,7年前に再審開始の決定を受け,ようやく雪冤を果たすことができると大きな期待を抱いたにもかかわらず,異議審によってこれが取り消されて大きく失望し,さらに,最高裁の差戻決定によって再度の希望を抱いたにもかかわらず,本日,再び再審開始決定が取り消されるという憂き目に遭わされている。この51年間に及ぶ審理経過は,まさに,司法が奥西氏の人生を弄んでいるとしか形容のしようがないものである。奥西氏の心中を思いやると筆舌に尽くしがたいやりきれなさと激しい怒りを禁じ得ない。
奥西氏は86歳という高齢であり,その冤罪を晴らすには1日の猶予も許されない。弁護団は,奥西氏の無実を確信するものであり,命あるうちに奥西氏を死刑台から奪還すべく,直ちに特別抗告を行い,さらなる奮闘と努力を続けることをここに誓うものである。
市民の皆様には,今後一層の御支援をお願いする次第である。
2012年(平成24年)5月25日
名張毒ぶどう酒事件弁護団
団 長 鈴 木 泉
●日弁連HP
名張毒ぶどう酒事件第7次再審請求差戻し異議審決定についての会長声明
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2012/120525_2.html●【名張毒ぶどう酒 名古屋高裁決定要旨】
http://www.chunichi.co.jp/ee/feature/nabari/index.html
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