またしても。日本のお政府様は相も変わらず人権後退の道をばく進したがっていることを示す重要な法案をメモしておきます。
◆中日新聞・社説(2011/10/14)
「知る権利」を侵すな 秘密保全法制
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2011101402000014.html
政府が進める秘密保全法制は、外交などの秘密をさらに厳重な国家管理下に置くものだ。国民の「知る権利」を侵しかねない法律制定に強い懸念を持つ。
秘密保全法制が射程に入れているのは(1)国の安全(2)外交(3)公共の安全および秩序の維持-の三分野である。
行政機関が所有する秘密情報の中でも、重要なものを新たに「特別秘密」と規定して、保全措置の対象とする。故意に漏えいした場合は、懲役五年以下か、十年以下の厳罰を科すという。
あいまいな特別秘密
国家公務員ばかりでなく、事業委託を受けた独立行政法人や民間事業者までも適用対象となる内容だ。政府は次期通常国会に提案する方針である。
まず問題なのは、特別秘密とは何か判然としていないことである。政府の有識者会議の報告書では「事項を別表などで具体的に列挙する」としている。
ただし、秘密の指定はそれぞれの行政機関が権限を握る。これでは行政の恣意(しい)が働く恐れがある。政府・行政にとって、不都合な情報は意図的に特別秘密と指定することができよう。
報告書では特別秘密について、形式的な秘密ではなく、保護するに値する実質的な秘密であることを要件としている。しかし、「実質秘」だと判断するのも、行政機関に任されているから、結果的に不都合な情報は覆い隠される。
そもそも、この法制は昨年、尖閣諸島沖で起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突事件をきっかけに着手された。海上保安官が衝突ビデオの映像をインターネット上で流したことが、政府の逆鱗(げきりん)に触れたのだ。
国家公務員法の守秘義務違反に当たるとこぶしを振り上げてみたものの、検察側は刑事責任を問うのは困難だとして起訴猶予処分の判断をした。
情報公開の改良こそ
このため、当時の仙谷由人官房長官が「抑止力が十分でない」と発言し、有識者会議を立ち上げたのが経緯である。つまり、政府にとって尖閣ビデオ問題は、外交上の不都合な情報を隠したかったからに他ならない。
衝突映像を多くの国民はネットやテレビで目の当たりにした。こうした情報をも特別秘密として、政府が秘匿し続ける可能性があるのだ。まさに情報統制そのものではないか。
むろん公務員は萎縮するに違いない。守秘義務違反なら一年以下の懲役などの定めがあるが、これが大幅に厳格化・厳罰化されるからだ。
取材の自由への脅威にも十分になりうる。「正当な取材活動は処罰対象とならない」としているものの、公務員への「そそのかし」は処罰対象と判断される恐れがあるからだ。取材活動は国民の利益にかなう情報について、知恵や努力を働かせ、相手を説得して獲得するものだ。説得行為をそそのかしとみなすのだろうか。
有識者会議の報告書は、違法な取材の事例として、「沖縄密約」を暴いた外務省機密漏えい事件を挙げた。だが、密約は政府が「沖縄をカネで買い戻すという印象を持たれたくない」と隠し続けたものである。
返還協定に含まれない巨額な「秘密枠」などのカネは、密約であるがゆえに、国会の承認を受けることなく、米国に支払われた。議会制民主主義を無視した歴史の汚点でもある。
同種の情報を特別秘密として封殺できるのが、今回の法制の特質でもある。外交などに秘密が伴うのは理解できるとしても、憲法を踏みにじっていいはずがない。「知る権利」を脅かす法制は、民主主義への挑戦状とも受け止められる。
福島第一原発の事故でも、政府や東京電力などは重要情報を秘匿したり、情報操作を続けた。放射能の拡散予想を長く公開しなかった事実などは、国民の生命や財産をないがしろにしたのと同然だ。
時代の潮流は、情報を閉ざすことではなく、情報をできるだけ国民に公開することだろう。
情報公開法に「知る権利」を明記することで、行政サービスではなく、行政機関の義務として公開するという発想に百八十度転換できる。同法の改正こそ目指すべき方向である。そもそも「開かれた政府」は、民主党の党是ではなかったのか。
悪夢の再現ではないか
一九八五年の中曽根康弘首相時代に「国家秘密法案」が出されたが、メディアや世論の反対によって廃案に追い込まれた。悪夢がよみがえったような印象である。政府情報に投網をかけて丸ごと覆い隠すような法制には、強い憤りを禁じ得ない。
◆法学館憲法研究所
浦部法穂の憲法時評
秘密保全法制
政府は、外交や防衛などに関する国家機密の漏洩に対する罰則強化を図るための「秘密保全法案」を来年1月招集の通常国会に提出する方針を固めた、と伝えられる。外交などの場面での「国の存立にかかわる重要情報」を「特別秘密」に指定し、これを漏らした者に最高10年の懲役刑を科す、というようなことが考えられているようである。自民党政権下で、これまで何度も出された国家秘密法案やスパイ防止法案の再現であり、民主党も、「開かれた政府」などと言いながら、政権の座に座ると「隠せるものは隠したい」という欲求に駆られ、結局は自民党と何も変わらない体質だ、ということを私たちに見せつけたといえる。
ことの発端は、昨年の尖閣諸島沖での中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事件で、それを写したビデオ映像を海上保安官がインターネット上で流したことにある。このビデオ流出に激怒した当時の仙谷官房長官が「政府における情報保全に関する検討委員会」を立ち上げ、そのもとに「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」を置いた。そして、今年の8月に「有識者会議」が「秘密保全法制を早急に整備すべきである」とする報告書を出した。「有識者会議」なるものは、ほとんどが「出来レース」であるから、こういう結論になるのは決まっていたことだが、ともかく、こういう形で「有識者」のお墨付きを得て、法案提出へと進んできたわけである。
その「有識者会議」報告書は、筋書きどおりといえばそれまでだが、「我が国を取り巻く厳しい国際情勢の下で国及び国民の利益を守るためには、政府による秘密保全を徹底することが極めて重要」だとする。しかし、そこでいう「厳しい国際情勢」がいったい何を指しているのかさっぱり不明であるから、「きわめて重要」とする結論が何を根拠に出てきたものなのかも皆目わからない。わずかに理由らしいこととして書かれているのは、「外国情報機関等の情報収集活動により、情報が漏えいし、又はそのおそれが生じた事案が従来から発生している」ことと、「IT技術やネットワーク社会の進展に伴い、政府の保有する情報がネットワーク上に流出し、極めて短期間に世界規模で広がる事案が発生している」ということくらいであるが、それがはたして「厳しい国際情勢」といえるようなものなのだろうか。ともかく、報告書は、だから「我が国の利益を守り、国民の安全を確保するためには、政府が保有する重要な情報の漏えいを防止する制度を整備する必要がある」、「また、政府の政策判断が適切に行われるためには、政府部内や外国との間での相互信頼に基づく情報共有の促進が不可欠であり、そのためには、秘密保全に関する制度を法的基盤に基づく確固たるものとすることが重要である」といい、現行法制では不十分だから早急に法整備をせよ、というのである。
一方、国民の「知る権利」については、同報告書は、秘密保全法制の対象となる「特別秘密」は国の安全等にかかわる情報であって、「知る権利」を具体化したものと考えられている情報公開法のもとでも開示対象とされる情報に該当しないのであるから、秘密保全法制が「知る権利」を害することはないし、国および国民の利益の確保のためにやむを得ないものであるから「知る権利」の重要性を前提としても合理性がある、という。しかし、たとえば、沖縄返還に際してのアメリカとの間での「密約」は、「核」にかかわる密約も巨額費用の肩代わり密約も、決して日本の「国および国民の利益」のためではなかった。そして、アメリカが密約の存在を裏づける文書を公開した後も、日本政府は「密約はないと」する姿勢を長らく崩そうとせず、あげくは文書を破棄して「ないものはないから出せない」と開き直っているのである。そういう情報隠しが、はたしていかなる意味で「国および国民の利益」につながるのであろうか。あるいは、尖閣諸島沖の事件のビデオ流出がどのような「国および国民の利益」を害したであろうか。時期や場面によっては、「国および国民の利益」のために秘匿すべき情報というものは、たしかに、まったくないわけではない。しかし、いま、さらに厳重に秘密保全を図らなければならない理由が、いったいどこにあるというのであろうか。
「沖縄密約」にかかわる情報公開訴訟で、東京高裁は、密約があったことを認めつつ、外務省と財務省では文書を秘匿する意図が強く働き、国の調査で発見されなかったことを考えると、文書はすでに廃棄された可能性が高い、として、文書の開示と慰謝料の支払いを命じた一審判決を取り消し、文書不存在を理由に原告逆転敗訴の判決を言い渡した(9月29日)。情報公開といっても、国(役所)が出したくないと考える情報を勝手に廃棄してしまえばそれまで、ということを裁判所が認めたわけである。これでは、「隠すが勝ち」で、情報公開法があっても国民の「知る権利」は全然保障されない。日本の情報公開制度のそういう実態からすれば、国や役所の勝手な判断による文書廃棄などの情報隠しをさせないように情報公開制度を改良することが、何よりも求められているとすべきであろう。また、福島の原発事故では、政府や東電による情報隠しや情報操作が、国内のみならず海外でも大きな問題となっている。むしろ、そういう意図的な情報隠しや情報操作を禁止する(罰則も含めて)ということこそが、考えられてしかるべきである。そうでもしないと国民の「知る権利」は実際上全然保障されないというのが日本の現状であり、そういう現状のもとでの秘密保全法制は、「知る権利」の完全な抹殺につながることになろう。秘密保全法の成立を許してはならない。
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