教育に本当に求められているのは何なのか。
教育基本条例はそれに応えうるものなのか。
子ども達の立場に立ってそんなことを考えさせてくれるリポートを転載します。
◆【堺からのアピール】
教育基本条例案を撤回せよ
2012年03月02日05:44
●「教育基本条例は何をもたらすか」~大阪の教育現場からの声
http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/3490379.html
【堺からのアピール】の賛同人のお一人でもある合田享史さんのblog、「大阪発 『ともに学び、ともに生きる教育』 情報板」から、ブログ主の合田さんのご承諾を得て、転載させていただきます。
(以下、転載)
「教育基本条例は何をもたらすか」~大阪の教育現場からの声
2012年2月27日 (月)
http://massugu.way-nifty.com/tomonimanabu/2012/02/26-2ff5.html#comment-69395766
2月26日(日)、阿倍野市民学習センターで行われた『教育基本条例は何をもたらすか~東京と大阪の教育現場から~』という集会に参加してきました(主催:「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソン、リブ・イン・ピース☆9+25)。
そこでのパネルディスカッションで、教育基本条例への不安と疑問を訴える大阪の小中学校の先生の発言がすごく胸に迫ったので、紹介したいと思います(走り書きしたメモからまとめたので、発言どおりではなく、聞きちがいもあるかもしれないことをお断りしておきます)。
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<小学校の先生から>
〇今、大阪で進められている「学力向上」とは、学力テストでいい点をとること。学校では、「とにかくいい点をとらせろ」と、そのための学習に追われている。いい成績がとれなければ、教育委員会から厳しい指導が入るので、やらざるを得ない状況がある。
〇しかし、現場の実態はそうはいかない。私が勤めている学校では、就学援助を受けていたり、生活保護を受けていたり、経済的に厳しい家庭が7割を占める。そうした家庭の子どもたちは、どうしても遅刻が多く、朝ごはんも食べていない。朝ごはんどころか、晩ごはんを食べていない子もいる。みんな覇気がなく、いつも「おなかがすいた、おなかがすいた」と言っている。そんな子どもたちに、教師はおにぎりを買ってやったり、家に行って夕食をいっしょに作ったり、朝、迎えに行ったりと、「生活も含めてかかわっていく」というのが、現場ではあたりまえになっている。それで問題が根本的に解決するとは思わないが、教師としてできることをしている。
〇子どもたち自身も、友だちの“しんどい”状態をよく理解していて、おたがいに認めあっている。いつも遅刻してくる子を迎え入れ、居場所が学校にできている。いろんな子どもたちがいるなかで、子どもたちどうしも向き合っていると感じる。
〇しかし、教育基本条例ができて、ますます「学力向上」が競わされるようになると、「教員は生活面にまでかかわるな」と、割り切っていく流れになるのではないかと危機を感じている。
<中学校の先生から>
〇若いころから、“しんどい”子をクラスの中心に据え、“しんどい”子に寄り添っていくのが大阪の教育だと思って取り組んできた。
〇クラスではいろいろと問題が起こったが、生徒たちは、「先生の力を借りずに、自分たちで問題を解決してきた」と胸を張っている。実は、教師として陰でいろいろと支えてきたつもりだが…。でも、そういう生徒たちの思いがとてもうれしい。
〇障害のある子で、なかなかクラスに入ることができない生徒がいた。合唱大会で、その子はすみっこで立っているしかないと思っていたが、いざふたを開けてみると、最前列のどまんなかで堂々と歌えていた。それは、練習中、子どもたちがその子の場所をいつも空けていて、来たら「ここやで」と声をかけていたから。そんなふうに、生徒は、教師の想像を超える力を発揮することがある。
〇「競争」よりも、人を助けたり助けられたりすること、一人でやるよりみんなでやる方が楽しいと、生徒たちは感じている。しかし、教育基本条例がもたらす競争と排除の環境では、そうした子どもたちの、助け合って自ら問題を解決しようとする力が阻害されるだろう。
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お二人の発言には、“しんどい”子に寄り添い、子どもが自ら育つ力を信じる大阪の教育を守りたい、という切実な思いがあふれていました。子どもたちと真剣に向かい合っているこうした豊かな実践を、教育基本条例はつぶそうとしているのです。いま、現場でがんばっている先生たちの声を、もっとみんなに知ってもらいたいと思いました。
(引用ここまで)
すぐに「このままの現状でいいというのか、対案を出せ」と迫ってくる
橋下氏ですが、そもそも
橋下氏は教育の何を「改革」しようとしているのか、それは本当に保護者や子ども達のニーズに対応した「改革」なのか、まずそこから検証することが大事なんじゃないでしょうか。
橋下氏が念頭に置いているのは、グローバルな競争に勝ち抜ける人材育成のために学力を上げること、教育基本条例はそのための「改革」だということですが、具体的には例えばこんな事をしようとしています。
大阪市:学力テストの学校別結果 13年度から公表へ
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120302k0000m010127000c.html
大阪市の橋下徹市長は1日、市議会代表質問で「学校選択制になれば選択するために学校ごとの情報が必要になる」と述べ、文部科学省の全国学力テストや今後の参加を検討している大阪府独自の学力テストについて、市立小中学校の学校別結果を公表する考えを明らかにした。13年度にも公表に踏み切る構え。自治体側から公表するか請求した保護者らにのみ開示するかは未定だが、学校の序列化につながりかねず、反発の声が上がる可能性もある。
(後略)
これに対してはあの(!)平野文科相でさえ注意を喚起しています。
平野文科相「過度な競争に注意」=大阪市の学テ、学校別公表に
http://jp.wsj.com/Japan/node_401817
2012年 3月 2日 14:42 JST
大阪市の橋下徹市長が学校選択制導入を前提に、全国学力・学習状況調査(学力テスト)の学校別結果を開示する方針を示したことについて、平野博文文部科学相は2日の閣議後記者会見で、「過度な競争が起こらぬよう、注意が大事だ」との考えを示した。
平野文科相は一般論として、学校が保護者や地域住民に説明責任を果たす点で「情報提供という考えは必要」と指摘。その上で「どういう結果を公表するかは、学校間の序列化や社会的影響を及ぼさぬよう、注意していくことが大事。公表の仕方は知恵と工夫がいる」と述べた。
[時事通信社]
まるで先日ご紹介したアメリカの落ちこぼれゼロ法の州統一テストですね。
これが「民意」ですか?
果たして保護者が求める「改革」とは、自分たちの学校の序列化やこういう過激な競争でしょうか?
上記でご紹介した思いやりや協力といった豊かな人間性を育むような教育、競争とは関係なく、一人一人の学力やニーズにあった教育、いじめ対策、そういうものを生徒も親も望んでいるわけで、
それは先生や生徒を競争で疲弊させて得られるモノでは絶対にありません。先日は小中学生の留年の件をご紹介しましたが、あれだって本当に子どものためになると賛成する保護者がどのくらいいるでしょうか。
誰も現状のままで100点などとは思ってはいません。どんなこともいつだって大なり小なり問題はあるものです。
しかし
橋下氏のいう「改革」の内容が本当に保護者、生徒の「民意」に応えた改革なのか、具体的にしっかり見ていこうではないですか、保護者の皆さん。賛成するのはそれからでも遅くありません。
橋下さん、なんだか頑張ってくれてるみたいだから、教育基本条例の内容はよく知らないけど、なんとなく賛成、という「お任せ民主主義」では、あとから「話が違う」と気づいても手遅れ、犠牲になるのは子ども達なのです。
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