裁判員制度にふさわしい報道ができているでしょうか(2)
- 2009/05/26
- 14:35
この事件についてweb新聞にはたくさん記事が出ており、さすがに全部はピックアップするときりがないので、二つほど。
(前エントリーでJANJANが検討したのとは違う記事を選んだつもりです^^;)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009052402000059.html
中大教授刺殺 『凶器 集積所に捨てた』 容疑者宅で血液反応
2009年5月24日 朝刊
中央大理工学部の高窪統(はじめ)教授=当時(45)=刺殺事件で、殺人容疑で逮捕された山本竜太容疑者(28)=神奈川県平塚市山下=が、警視庁富坂署捜査本部の調べに対し「凶器の枝切りバサミは、着ていたコートやニット帽と一緒に持ち帰って、近所のごみ集積所に捨てた」などと供述していることが、捜査関係者への取材で分かった。
山本容疑者の自宅から少量の血液反応があったことも新たに判明。凶器や着衣を持ち帰った際に付着した高窪教授の血液の可能性があるとみて、捜査本部が鑑定を進めている。
捜査本部は、山本容疑者を逮捕した二十一日から三日間、自宅の捜索を実施したが、血の付いた衣類や刃物は見つかっていない。平塚市によると、集積所のごみは、回収されたその日のうちに、焼却や粉砕処分されるという。
捜査本部によると、山本容疑者は枝切りバサミを購入した時期について「事件(一月十四日)の二、三カ月前だった」と供述しているという。
捜査本部は山本容疑者の逃走経路について、理工学部一号館四階のトイレで高窪教授を襲撃した後、利用者が多い一階中央の出入り口を避けるために、一号館の外階段から逃げたとみている。山本容疑者は自宅と現場の往来に電車を使ったことを認めているが、来た時とは違う駅で電車に乗って逃げたという。(引用終了)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090525-00000024-yom-soci
中大教授刺殺、山本容疑者「2、3か月前に殺意」
5月25日3時4分配信 読売新聞
中央大理工学部教授の高窪統(はじめ)さん(当時45歳)殺害事件で、逮捕された教え子の山本竜太容疑者(28)が警視庁の調べに対し、「2、3か月前には高窪さんへの強い殺意を抱くようになった」と供述していることがわかった。
同庁幹部が明らかにした。事前に大学まで出向き、高窪さんの授業の時間割を確認したとも話しているという。同庁の捜査では、山本容疑者は大学時代、高窪さんに心を開いている様子だったことが判明しており、同庁は、殺意を抱いた時期に何があったのかさらに取り調べを続ける。
同庁幹部によると、高窪さんは、昨年度の後期最終授業だった1月14日の2限目直前に襲われ、山本容疑者はその4日前に勤務先のホームセンターに休暇届を出していた。このため同庁が、どの段階で襲撃を思い立ったのか問いただしたところ、山本容疑者は「昨年10月か11月頃には強い殺意を持っていた」と供述。さらに「殺意を抱いた後に大学を訪れた」「高窪さんの授業日程や時間割も知っていた」と話し、手製の凶器の部品に使った大型の枝切りはさみの購入時期については、「10月か11月頃」と具体的に説明したという。
捜査関係者によると、大学時代の同級生たちは、山本容疑者のことを「変わった学生」「思いこみが激しい」などと説明しており、付き合いはほとんどなかったという。しかし、留年後、2003年4月に入った高窪さんの電気電子情報通信工学科の研究室では、親切に卒論指導をする高窪さんに心を開いていた様子だったという。
山本容疑者は昨年5月、高窪さんに面会を要請していた。同6月に卒業証明書を受け取りに大学に出向くなど、就職活動を始めていたとみられる。同庁は、信頼を寄せていた高窪さんに殺意を抱くようになった経緯とともに、面会を要請した後、2人に具体的な接点がなかったか調べている。
◆バイト月収は5、6万円◆
「趣味は自宅でヒーリングミュージックを聞くこと」--。山本竜太容疑者は21日の逮捕後、取調官に休日の過ごし方を聞かれた際、そう答えたという。ホームセンターでのアルバイトの収入は月5、6万円程度。生活費はそれで賄っており、借金はなく、逆に数十万円の預金があったことも確認されている。
山本容疑者が親元を離れ、かつて祖父母が暮らしていた神奈川県平塚市の一軒家に引っ越したのは2007年夏。取調官には「親から離れて生活したいと思った」と話したという。
都内の電子機器関連会社によると、その年の春、試用期間中の山本容疑者が本採用になる直前、「仕事が難しいから辞めたい」と辞表を提出。その後、母親から会社に「仕事を続けさせてほしい」と電話があり、母親に説得された本人も辞表を撤回したが、撤回は認められなかった。(引用終了)
少し長くなりますが、報道された内容をピックアップして検証してみましょう。
警察が得た被疑者の供述が事細かく。
①「凶器の枝切りバサミは、着ていたコートやニット帽と一緒に持ち帰って、近所のごみ集積所に捨てた」などと供述
②山本容疑者の自宅から少量の血液反応があったことも新たに判明。
③血の付いた衣類や刃物は見つかっていない。平塚市によると、集積所のごみは、回収されたその日のうちに、焼却や粉砕処分される。
④山本容疑者は枝切りバサミを購入した時期について「事件(一月十四日)の二、三カ月前だった」と供述している
⑤山本容疑者は枝切りバサミを購入した時期について「事件(一月十四日)の二、三カ月前だった」と供述している
⑥理工学部一号館四階のトイレで高窪教授を襲撃した後、利用者が多い一階中央の出入り口を避けるために、一号館の外階段から逃げたとみている。
⑦山本容疑者は自宅と現場の往来に電車を使ったことを認めているが、来た時とは違う駅で電車に乗って逃げた
二つめのweb新聞
警察が得た被疑者の供述として書かれたもの
⑧2、3か月前には高窪さんへの強い殺意を抱くようになった」と供述
⑨「昨年10月か11月頃には強い殺意を持っていた」
⑩「殺意を抱いた後に大学を訪れた」「高窪さんの授業日程や時間割も知っていた」
⑪手製の凶器の部品に使った大型の枝切りはさみの購入時期については、「10月か11月頃」と具体的に説明した
被疑者以外の供述
⑫大学時代の同級生たちの供述ー山本容疑者のことを「変わった学生」「思いこみが激しい」などと説明しており、付き合いはほとんどなかったという。しかし、留年後、2003年4月に入った高窪さんの電気電子情報通信工学科の研究室では、親切に卒論指導をする高窪さんに心を開いていた様子だった。
供述以外では
趣味やバイト月収、就職、家族等、普段の生活の様子がいろいろと。
ここで再度報道指針掲載
1.捜査段階の供述の報道にあたっては、供述とは、多くの場合、その一部が捜査当局や弁護士等を通じて間接的に伝えられるものであり、情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なること、時を追って変遷する例があることなどを念頭に、内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方などに十分配慮する。
2.被疑者の対人関係や成育歴などのプロフィルは、当該事件の本質や背景を理解するうえで必要な範囲内で報じる。前科・前歴については、これまで同様、慎重に取り扱う。
3.事件に関する識者のコメントや分析は、被疑者が犯人であるとの印象を読者・視聴者に植え付けることのないよう十分留意する。
一つめの新聞①④⑤と二つめの新聞⑧~⑪まですべて「捜査当局を通じて間接的に伝えられた」被疑者の供述をそのままストレートに細かく報じています。結構な量です。
一読して「内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方などに十分配慮する。」という報道指針に抵触しかねません。
また
⑫の同級生の被疑者の人物像に関する供述(これ、前エントリーと重なりますが)は、直接犯罪の立証に関わる物ではありません。報道指針があげてる「識者のコメント」ではないけれど、被疑者が犯人であるという印象を強めることにしか役立っていません。
供述以外での趣味やバイト月収、就職、家族等、普段の生活の様子は、「被疑者の対人関係や成育歴などのプロフィルは、当該事件の本質や背景を理解するうえで必要な範囲内で報じる」ことにまともに抵触してると思います。
一つめの②は、弁護側の鑑定や実験で別の結論が出るかもしれません。
③は、あたかも血の付いた衣類や刃物の証拠物が焼却処分されてしまったから見つからないのだという印象を与えます。
⑤⑥の逃走経路などは、捜査官が筋書きを作り、被疑者はそれに無理矢理誘導され、、あとからつじつまが合わなくなるということもよくみられます。
お見事っ!!
マスコミは裁判員制度スタートしたと同時に自分が指針を作ったことをすっかり忘れてると断言してよろしいかと。
もしかしたら報道機関からはこう反論がかえってくるかもしれません。
例えば数々の被疑者の供述は、「捜査本部によると~という」というエクスキューズをつけており、これであくまで一方の立場からの情報であることを明確にして、警察はこういう発表を行ったという客観的事実を記載しているのみである。従って指針に反さない、と。
しかし、いくらこういうエクスキューズを付けようと、捜査側の情報をただそのまま記載するだけでも、内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えるおそれは十分あります。
なぜならお上に従順な国民性から警察発表は理屈抜きで真実と思いがちだし、また、一般国民は通常他に情報源を持たないから、他の情報をつきあわせて真偽を吟味する、ということができないからです。
また、何日もかけて事件に直接関係あることないこと、情報を小出しにつみかさねる事は、全体として、ここに書かれていることが真実であるかのような印象を植え付ける作用があると思います。
ところで、検察官が公訴提起するとき、起訴状には裁判官に裁判官に事件について予断を抱かせる書物その他の物を添付し、又はその内容を引用してはなりません。
これが起訴状一本主義(刑訴法256条6項)です。
公訴事実の記載には犯罪事実だけを述べ、被告人の犯罪の動機、前科、素行などは訴因の明示に必要な場合を除いては、記載してはいけません。裁判が始まる前に裁判官は証拠に触れてはいけないのです。
もしこれらに反して予断を生ぜしめるような記載がなされたら、起訴は無効、公訴棄却となる運命にあります。
こうして裁判官は捜査機関の心証を引き継ぐことなく、まっさらな何も偏見のない状態で裁判に臨むのです。
この報道記事でのべられてることは全て公判廷で証拠として提出され吟味されるようなものばかりです。
これらの供述(自白)は調書として作成され、被告人がこれに同意しない限り証拠として採用されないのです。今の段階で被疑者が調書に同意するかしないかはわかりません。
被疑者の供述が信用できるかどうか、この報道の段階で確実にわかるはずがないのです。
取調が可視化されてない現在、自白は過去の冤罪の反省の上に立てば、もっとも疑ってかからなくてはならない証拠です。
自白が強要されたり、証拠が捜査機関によって捏造されたりするのは、数々の冤罪事件からの教訓です。
また、大学時代の同級生の供述にしても公判廷で反対尋問を経なくてはならず、反対尋問で供述内容が覆ることもありますから鵜呑みに出来ません。
このように供述は報道段階では信用できる物かどうかまだわからないのに、ここまで証拠内容に詳しく踏み込んで報道すると、一般市民である裁判員は証拠調べに入るまでに心証を得てしまいます。
やはりあのぬるい指針では不十分だと思います。(それすら守ってない・・・)
裁判官と同じ席に座る裁判員には、起訴状一本主義のような配慮は何も無いのですから、起訴状一本主義の元で書かれる起訴状に準じる内容で報道する位の厳しい指針でいいのではないでしょうか。
そして今はまだ被疑者=真犯人という偏見が蔓延してるため、原則、被疑者氏名は匿名でよいと思います。
国民に推定無罪の原則の大切が浸透していないまま裁判員制度を始めてしまった以上、まずマスコミがイニシアティブを取るしかないのです。
以前エントリーで引用したことがあったかもしれませんが、報道被害に苦しんだ甲山事件の元被告、山田悦子さんの話をもう一度引用します。
甲山事件から35年、変わらず続く報道被害
(引用開始)
兵庫県西宮市で1974年に起きた「甲山事件」で逮捕された山田悦子さんは警察発表を鵜呑みにした新聞やテレビ報道によって著しい報道被害を受けた。それから35年経ったが犯罪報道の実態はあまり変わっていない。
(略)
「新聞の記事によって全国津々浦々に報道され、自分が事件の犯人になっていることを知り、大変驚きました。それまで新聞を信じていましたが、新聞はウソを書くんだと思いました。読売新聞の記事では『暗い青春時代の女』と書かれました。複雑な家庭環境ではありましたが明るく生きていたので、記事は心に突き刺さりました。それから21年間、膨大な記事が書き続けられました」
そして「私をあまり知らない人には、犯人だという意識が刷り込まれてしまい、それを回復することは不可能なんです。無罪が確定しても市民として地に足をつけて生きられる状況ではありませんでした。私の友人たちの中には保育園を経営している人もいますが『働きに来ないか』とは言ってくれませんでした」とひとたび報道されてしまえば名誉を回復することは難しいことを訴えた(引用ここまで)
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