●日本の報道の自由、審査か
国連人権理、特定秘密保護法も
https://this.kiji.is/301629490341348449
【ジュネーブ共同】14日に行われる国連人権理事会の対日人権審査で、特定秘密保護法などで萎縮していると指摘される日本の報道の自由に関する問題について、欧州などの数カ国が質問内容として取り上げる可能性があることが10日、分かった。関係者が明らかにした。
質問では、特定秘密保護法や政府が放送局に電波停止を命じる根拠となる放送法4条がメディアの独立性を脅かしているとして、改正を迫るとみられる。審査で取り上げられた場合、16日に発表される勧告内容に含まれる公算が大きくなる。
(※放送法4条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
(略)2項 政治的に公平であること。)
明日の国連人権理事会の対日人権審査に先立ち、昨年、国連特別報告者のデビッド・ケイ氏は日本外国特派員協会で記者会見を開き、そこで放送法4条の問題の他に、記者クラブの問題やマスコミ幹部が政府と会食し、権力とメディアが癒着しているところまで踏み込んで報告していました。
しかし当時マスコミは、記者クラブや政府との会食など自分自身の問題については報道しませんでした。それはこの記事においてもです。
そこに放送法4条よりも根深い問題を感じます。
高市早苗前総務相は昨年、政治的公平性を欠いた放送をすれば放送法4条に基づき電波電波停止の可能性もあると言及しました。
しかし言論の自由、報道の自由を保障した憲法21条の存在と放送法が規定された経緯からすれば、放送法4条はもともと「それに違反すれば処罰するという規定」ではなく、メディアが政治的中立を自主的に心がける努力をする、という倫理規範であることはあきらかです。BPOもそのような表明を行っており、メディアは論陣を張って猛然と抗議をすべきでしょう。(
こちらをご参考に)
現在アメリカではトランプ大統領がマスコミに対し何度も威嚇するような発言をしていますが、その都度アメリカのメディアは猛然と反発して一歩も引きません。
日本のメディアも同じように、高市発言に対し毅然と抗議すればいいのです。それができない理由などありません。
なのになんだかんだ言って、日本の大手メディアは権力からの威嚇に対して静かです。
それは、権力と癒着し独立性を失った大手マスコミ自身に、より根本的な問題があるからです
次の動画をご覧ください
国連報告者の会見で露呈したメディア問題の本質
http://www.videonews.com/ ニュース・コメンタリー (2016年4月23日)
国連特別報告者が記者会見で、記者クラブの廃止やメディア企業の幹部による政府高官との会食への批判にまで言及したことが、日本の主要メディアでどれほど真剣に報じられたのだろうか。自らの問題を正しく報じられないメディアに、ジャーナリズムを名乗る資格も、政府の圧力を主張する資格もないことは言うまでもない。
カリフォルニア大学法学部の教授で、国連人権理事会を代表して日本における表現の自由の状況を調査していたデイビッド・ケイ氏が4月19日、外国特派員協会で記者会見を行い、日本で表現の自由が危機に瀕しているとの見方を示したことは、国内のメディアでも大きく報道された。
しかし、ケイ氏が記者会見で日本のメディアが抱える問題点や改善されるべき点を多く指摘したのに対し、国内メディアの報道は政府による言論への介入に集中し、メディア自身の問題に触れているところは非常に少なかった。
確かにケイ氏は記者会見の中で、政権からの圧力や介入によって、日本における言論の自由が脅威にさらされていることや、それがメディアに萎縮効果をもたらしていることに警鐘を鳴らした。この指摘を報じることはとても重要だ。しかし、その主たる原因の一つとしてケイ氏はメディア側の問題にも踏み込んだ発言をしていた。
具体的には、ケイ氏は排他的な記者クラブ制度は廃止すべきだと指摘したほか、報道機関幹部が政府の高官を会食をするような行為は慎むべきだと指摘した上で、メディアに対する政府の介入を防ぐためにも、すべてのジャーナリストが参加できる業界横断的な組織を設立する必要性を訴えている。
政府からの圧力に対峙するためにも、またメディア自身のあり方を律するためにも、一部の大手メディアのみから成る記者クラブやその上部団体の日本新聞協会は不十分であるばかりか、政府によるメディアコントロールに対して極めて脆弱な立場に自らを置く結果を生んでいるとケイ氏は指摘したのだ。
これはビデオニュース・ドットコムでも繰り返し指摘してきたことだが、ケイ氏のメディア批判は記者クラブ制度や再販制度、クロスオーナーシップ、そして最近では軽減税率に見られるような日本の大手メディアが享受している数々の特権や政治との近すぎる関係、要するに癒着に向けられている。それらの特権は、政府によって与えられている権利や制度であり、権力がメディアに撒いている餌に過ぎない。そのような餌に食らいついているメディアが、政府の意向に反した報道をすることが難しいことは、ケイ氏のような人権法の専門家でなくても、誰にでもわかることだ。
少なくとも現時点では、日本における表現の自由問題や政府による言論介入の問題は、第一義的には「メディア問題」として認識されるべきものだ。
ケイ氏も指摘するように、現時点での日本政府によるメディアへの介入は極めてsubtle(微妙)でimplicit(暗示的)な形で行われており、他国に見られるような法や露骨な暴力の行使を伴ったものにはなっていない。そのため、政府は「圧力など存在しない」と主張することが可能になっている。現に政府高官の多くが、ケイ氏の記者会見に対して記者会見などで反論している。
無論、現実には政府がメディアの弱点を知り尽くした上で、報道内容に影響力を行使する目的で有形無形の圧力をかけていることは明らかだ。しかし、問題はその「メディアの弱点」の大半は、メディア自身が自ら招いているものであるところにある。・・・
(引用ここまで)
朝日新聞を例に見てみますと、かつて橋下徹氏にトランプそっくりの恫喝をされたとき、私の記憶では、一度たりとも猛然と抗議したことはありませんでした。それどころかその後も朝日新聞は橋下氏におべっかを使い続け、政界引退したはずの今でもご意見番扱いしています。この追従は見ていて本当に情けないです。
また、政府は国連でも「朝日新聞の捏造のせいで日本の名誉が貶められた」などという妄想発言を繰り返しています。これは、朝日にとっては誹謗中傷ともいえるものなのに黙ったまま。これでは朝日はこの妄想を追認したも同然です。
昨日も、現職の国会議員である維新の足立氏が朝日に対して、普通なら議員辞職してもおかしくないこんな発言をしています。
こんな言論暴力をふるう右翼チンピラが一切咎められず、抗議も受けず、国会議事堂の花道を闊歩し続けれるのはもはや末期症状と言うないですが、果たして朝日は抗議するでしょうか?
本来は権力と対峙する存在であったはずなのに、自ら権力にすり寄るイエローユニオン的な存在に成り下がる、というのは非常に日本的な現象だと感じます。
民主党政権時代、記者クラブに所属しないフリーランスにも記者会見の門戸を開いたことで、報道の自由度が11位にまで上がりましたが、個人的にはこの順位はちょっと過大評価だろうと感じていました。マスコミ自身が内包する構造的な問題は、この時点でも何一つ解決されていなかったからです。
案の定たった6年で72位まで転落しましたが、メディア自身が自分の問題を自分で解決しなければ、政権が変わればあっという間に忖度機関に成り下がるのに何の不思議もありません。本当はもっと低くても良いくらいです。
人間は権力側、支配する側に立つ快感を覚えると忘れられないと言いますが、大手メディアが一旦手にした種々の特権を自ら手放すのを期待するのは難しいでしょう。
ですが、こんなことをしている限り日本の民主主義は死に向かってまっしぐらです。
なお、デビッド・ケイ氏の記者会見の全部はこちら
●日本で報道の自由が危機に瀕している・国連特別報告者が特派員協会で会見
1時間25分ほどありますので、お時間のない方はこちらのIWJをリンク先でお読みください。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/297970#idx-3
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