コメント
「信頼は専制につながる」
だから「権力を信頼してはいけない。常に疑って掛かり、憲法の鎖で拘束すべきなのだ」と続けています。
鎖はまだ引きちぎられていません。リンクがC型に変形しただけです。開いた部分を再度縮めてガッチリと溶接し直しましょう、速やかに。
ネオナチジャパン打倒宣言
私は何度もこれまでも「日本人は奴隷だ」と言い続けてきました。しかし、もう奴隷根性が抜け出ていないとはっきりした以上、自称自民党(自称維新の党・次世代の党・公明党)=ネオナチジャパンには一切投票しないと明言します。
護憲保守の端くれとして、きっぱりNOを突きつけるまでです。保守主義といっても、他民族への排斥を叫ぶ、過去の戦争責任を不当に否定するふるまいでははしたないとしか思いません。
本当に自称保守派の劣化には怒りしか覚えません。しかも、腐敗と癒着がこの数年で進んだのです。最悪のパターンは極右と極左への依存です。そうなったら、目も当てられないという危機意識があります。
以前、脱原発がきっかけで極左とここで激論になりましたが、本当に生産性のない中身に心身ともに疲れました(レイシスト=極右(ネオナチジャパン)も同じですが)。彼らはあなたが指摘するようにある種のカルト信者なのであり始末に負えない存在ですね。
記者業してる間に日和ったんでしょうかね。
憲法保障と抵抗権
国会周辺,10万人という数字が言われていますが,それなら国会と議員会館の全ての(地上の)出入り口を非暴力的に封鎖できるのではないでしょうか.仮に30箇所として一箇所当たり3,000人.これだけの人数がその気になるかどうか,その気にされられるかどうかが問題ですが・・・.さらにこの数倍の人数なら可能性は非常に大きくなります. 少なくとも,国会正門と議員会館正面入り口に座り込み封鎖するだけでも大きなインパクトを持つでしょう.逮捕を覚悟した人でないと出来ませんが.
#憲法保障 #抵抗権
法律家はこれら2つのキーワードについて運動を理論付け,ブーストして欲しいものです.
関連ブログ記事:「戦争法案を“#本当に止める”にはどうするか」
http://pegasus1.blog.so-net.ne.jp/2015-07-05
鼈のように
No title
もちろんわたし自身も自戒としていきたいところです。
〉残念ながら、国民の大半は、この「不断の努力」をずっと怠ってきてはいなかったでしょうか
〉お任せ民主主義が一番危険です
おっしゃる通りで、わたしもそういう懸念が念頭にありました。
実のところ、安倍首相、ひいては自民党が日本国憲法を改定して、日本を戦争ができる国にしたがっていた事は、機密でもなんでもなく、公知の事実だったわけです。にもかかわらずアベノミクスなる言葉に重きを置いて、その部分を見ないようにして自民党を大勝させたのが先の選挙でした。
今回の事態は起きるべくして起きたという側面は確かにあるのです。その意味で、「自民党がひどい」のは確かですが、被害者意識を持つだけでは、きっとまた同じことが起きます。
選挙民としてのわたしたちの責任を、まずはかみしめなければならないとわたしは思います。
ネット巡りをしていてこんな↓のを発見しました。
https://twitter.com/tarareba722/status/620817547001114624
なるほど、思えば周辺事態法が成立しても、秘密保護法が成立しても、自民党は選挙に勝ち続けました。公明党の下支えがあり、小選挙区マジックも大きな要因ですが、同時に政治的無関心、「誰がやっても同じ」「政治家なんてみんな信用できない」という政治的ニヒリズムがこれほど蔓延していなければ、自民党の今のこの議席はなかったかもしれませんよね。
彼らのよって立つところがその議席数であるのですから、次の参議院選挙、もしかしたら衆議院選挙では、「お灸をすえる」レベルではなく、「国会からご退場いただく」ぐらいの勢いで自民党を負けさせなければいけません。
そのためにもわたしたちはこの7月15日のことを忘れてはいけないのです。折に触れて思い出し、つぶやき、表明し、連帯を広げていかなければいけません。
“リメンバー7.15”です。
…すみません、ちょっと言ってみたかっただけです(^_^;)
テレビ、新聞などのマスメディアもこれで報道の手を緩めるのではなく、もっと厳しく政府与党のデタラメぶりを追及していってほしいです。
たとえば先にあげた“アベノミクス”ですが、一時はNHK、民放を問わず、ニュースで触れられない日はないほどでしたが、今や一顧だにされません。そろそろジャーナリズムはあの熱狂の検証をすべき時ではないでしょうか。これもまた忘却にあらがうために大事な事です。
政治家の政策は、必ずその経緯と結果を検証されなければなりません。でなければ、口先だけで市民をだます政治家は、今後いくらでも登場し、そのたびにわたしたちは、今回のような怒りの行動を余儀なくされるでしょう。それは正直しんどいことです。できれば避けたい。
もちろん、選挙以外の抗議行動や勉強も無意味ではありません。とはいえ、この数日クラスの抗議行動をずっと継続していくのは現実的には難しい。ならば、毎日ほんの少しずつでもいいから、新聞を読み、ニュースを見、タイムラインを追い、時には実際に観て聴いて、そこでリテラシーを活かして、考えることをやめない事です。
大変そう?だいじょうぶ。人間は慣れます。
戦争が日常の、異常な状態にも人間は慣れることができます。ならばそんな状態になれるより、そんな状態にならないように続ける不断の努力にこそ慣れましょう。
一昨日感じた、怒りや悲しみ、恐怖、驚き、そして気持ちを同じくする人たちとの出会いと、その喜びと安堵を忘れないでおきましょう。
これもまた自戒として。
長々と失礼しました。