「 「軍事的な抑止力」なんて時代遅れ、憲法9条こそが抑止力だと思います(1)」のコメント一覧

ぐりさん

質問です。

読ませて頂きました。
素朴な疑問からきた質問をさせてください。

>『3.武力は、問題が解決できず山積みになった結果使われる。大事なのは、そうなる前に話し合いで解決をはかること。』

これを読んでふと思ったのですが、
第二次世界大戦時、中立を宣言していたにもかかわらず、
ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、ノルウェー、デンマークは
ナチ政権のドイツによって軍事侵略され、占領、または傀儡政権をたてられています。これらの国にはドイツに比べると軍備らしい軍備はありませんでした。
一方、同じ中立国でもスペインやスイス、スウェーデンは終戦まで中立を守り抜きました。

この、侵略され一部の民族を消し去るような過酷な占領統治を受けた国々と、スイスやスウェーデンのように自主自立を守った国との間に何の違いがあったのか、この事実について、秋原葉月さんはどう思われますか?
私は、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、ノルウェー、デンマークといった国々が戦争回避・外交による戦争抑止のための努力を怠ったとは思えないのです。
特にノルウェーなどは「中立」という立場を守るために英仏連合軍に攻撃を受けてまでドイツとの平和的な交易を続けていました。それでもドイツに侵略されました。
ノルウェーをはじめ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、デンマークは、戦争回避のための方策を誤ったのでしょうか?
一方でスイス、スペイン、スウェーデンの戦争抑止は何故成功したのでしょうか?

どうか、ご意見をお聞かせ願えませんでしょうか。
(勝手ながらできれば、具体的な理由をあげていただけると助かります)

URL 編集

秋原葉月さん

>ぐりさん

私は歴史は全く得意ではないので、私の当てずっぽうな推測を聞かれるより、近代歴史学書をひもとかれた方が正解に近づけるかと思います。
というより、ぐりさんはもうその答えを知ってらっしゃるのでしょう?
だからのこの記事に疑問を持たれた。
違いますでしょうか?

URL 編集

ぐりさん

No title

秋原葉月さん、
ご丁寧な返事ありがとうございます。

>というより、ぐりさんはもうその答えを知ってらっしゃるのでしょう?
>だからのこの記事に疑問を持たれた。
>違いますでしょうか?

歴史に存在するのは「何かが発生したという事実」のみであり、その解釈の仕方は様々ですからそれを「答えを知っている」等という、おこがましいことを言うつもりは有りませんし、自分が歴史に詳しいなどと言うつもりは有りません。が、もちろん私なりの考察による解釈は有ります。もっとも、それは秋原葉月さんとは相容れないものだと思います。ただ、その意見を聞きたかったのです。

お返事を聞いて大変驚いたのは平和の可能性についての言論を展開なされているのに、周りの国が大戦争を繰り広げている中、巻き込まれた国や戦禍を免れた国など、たくさんの「サンプル」で満たされている第二次世界大戦を「全く得意ではない」という理由によって、なぜ調べもしなかったのか?ということです
ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、ノルウェー、デンマークは中立を守ろうと必死でした。
戦争には干渉せず、中立を守ろうとしました。全ての国と等しく友好に接しようとしました。
枢軸・連合国に圧力をかける軍隊も有りませんでした。何の攻撃もしない中立国でした。
ベルギー、オランダ、ルクセンブルクはドイツの対フランス戦争計画における、
「フランスへの通り道である」という理由だけで、話し合う余地もなく、攻撃されました。
ノルウェーは同じ民主国家であるはずの英仏連合軍からドイツと交易しているという中立国に対する不当な理由で攻撃されました。
ノルウェーは「英仏の侵略から保護する」という理由からドイツに攻撃されました。
デンマークは、ノルウェーやスウェーデンとの交易路の中間に位置しているという理由でドイツに攻撃されました。

これらの事実を見ると、秋原葉月さんが上げる憲法9条が抑止力になる1~6の理由は「通用しない事例も沢山有った」と言えると思います。また、9条が抑止力になるか?という問題は置いておいても、9条の理念は「相手の判断に全てを期待し、自分の運命をゆだねるものである」ということだけは、少なくとも真理であると言えると思うのですが、この2点については如何お考えになりますでしょうか。

もう一点。
>私は歴史は全く得意ではないので、私の当てずっぽうな推測を聞かれるより

私は、この発言は鳩山総理の「私は愚かです」という言と全く同じであると思います。ブログを開設し、言論をリードする方の発言としては相応しくないと思います。自分の言論は歴史的事実に基づかない夢想であると仰っているも同義です。
歴史は我々に様々な教訓を与えてくれます。例にあげた欧州の中立国における失敗・成功は極めて僅かの間に勃発しました。それなのに多くの示唆を含んでいます。人類がこれまで数千年間繰り返してきた行為とその結果をサンプルとして知ることこそが、真に平和を希求する最良の手段であるとは思いませんか。コスタリカが常設軍を持たずに安全保障を実現しているのも一つの歴史的事実ではありませんか。
そこから導き出される答えがどんなものであろうと、大いにプラスになると思うのです。

URL 編集

秋原葉月さん

>ぐりさん

お返事大変遅くなり申し訳ありませんでした。しばらく自宅を留守にしており、携帯では長い返信がしづらかったのでm(_ _)m

私の拙い世界史の記憶をたどると、ドイツが圧倒的な軍事力をもっていて周辺諸国を蹴散らしまくった、スイスは侵略する戦略的利益がなかったし重武装化していたこと、スウェーデンは侵略しない独ソ密約があった(?)こと、くらいしか思い浮かびませんが、はたしてそれで間違いないのかどうか自信がありません。ですからお答えしなかったのですが、この認識でまちがいないでしょうか?
一応特に間違いはないという前提で、ご質問の2点について述べさせていただきますね。

私は世の中の全ての事象において、武力が抑止力として働くことを否定しているわけではないことをご理解いただけるとありがたいです。
それは中世では非武装中立は足元をみられて厳しかっただろう、という指摘をしていることからもわかっていただけるかと思います。
銀行強盗がホールドアップするのは警官が武器を持っているからです。
アフガンで武装解除を行った伊勢崎さんは、様々な武装勢力が存在しているアフガニスタンで軍閥達の武装解除をアメリカに頼まれて行ったが、それにより武力均衡が崩れタリバンが復活してしまい、結果的にはアフガンの平和のためには失敗だったと言っています。また、武装解除の現場には決して武力無しでは行かないそうです。
もろに武力の均衡による抑止が働いているケースですね。

もし仮に今パレスチナが全ての軍事力を放棄して完全白旗揚げても、イスラエルの攻撃がやむとは思っていません。(もっともパレスチナがもっと武装することが解決に繋がるとも思えません。パレスチナ問題はもう当事者間だけで解決できませんから、パレスチナの軍事がどうこうはあまり関係ないかと思います。)

しかし一方で、戦争を起こさないようにするのを、軍事力の有無だけで考えるのは間違いだと思います。
9条改正して軍隊を持とうというのはまさに軍事力の有無だけで安全保障を考えているのではないでしょうか。まるでどんな力をどこにどう配備するかだけでバランスを取ろうとする物理のゲームのように感じます。

ドイツがヨーロッパを侵略した第二次世界大戦時は、「帝国主義」という時代背景がありました。列強はどんどん植民地を拡大することによって自国の利益を求めた時代です。
そんな時代においてはいくら9条のような「きれい事」を言っても、植民地にしようとする列強は侵略する価値がある国だと判断すればいずれ必ず植民地にしようと攻め込んで来たでしょう。そしたらお終いです。
ですからあの時代では、もし一国だけがポツンと9条を掲げていたら非常に危険だったろうと私も思います。

今はもうそういう古い帝国主義時代ではありません。軍事力のみで抑止を考えようとする人は、この「現代の時代考証」がすっぽり抜けていると思うのです。
たとえば長い歴史の中で戦争を繰り返してきたイギリス、フランス、ドイツが現在互いに戦争をおこしそうもないのは、互いに軍事力でもって牽制しあってるからではありませんよね。








URL 編集

ぐりさん

No title

お返事ありがとうございます。第二次大戦については間違いではないと思います。
ですが、帝国主義後の時代にも、ほぼ非武装の相手に対する侵略は発生しておりますが...?

・朝鮮戦争。

・チベット・東トルキスタン侵略。

・湾岸戦争。

どの戦争においても、被侵略国は侵略者の1/100にも満たない軍事力しか有していませんでした。
朝鮮戦争および湾岸戦争は国連決議に基づく武力行使で侵略者を排除し独立を恢復しましたが、
チベット、東トルキスタンは今をもって占領中であり、多大な人権侵害を受けている事はご存じだと思います。
湾岸戦争に至っては20年前ですし、北朝鮮などは半世紀前と本質的に変わらぬ国であることが、昨今の事件からも明らかです。

現代においても、ほぼ非武装の相手にいきなり敵がイナゴのように侵略してきた事例が生じているわけですが、
秋原葉月さんの中世や帝国主義の時代ではないという言葉では説明が付きません。

これらの戦争についての見解や、
それでも日本が非武装なら安全が「保障できる」という「根拠」を教えていただけませんか?

また、戦争ではありませんが、非武装国家モルジブにおいて、政府転覆を謀ろうと
タミール解放の虎の傭兵が蜂起した事件についての見解もお聞かせください。
武力クーデターはインド軍の介入により鎮圧されました。

URL 編集

秋原葉月さん

>ぐりさん

私は世界史は詳しくないとお返事したのを読んでいただいてないのでしょうか?
それに「私は世の中の全ての事象において、武力が抑止力として働くことを否定しているわけではないことをご理解いただけるとありがたいです。」とも書いており、その具体例を出しているのもお読みになっていないのでしょうか。

ぐりさんは片方の国の軍事力がもう片方より劣る場合に起こった全ての軍事紛争のケースを検証しなければ、あるいは知らなければ「今の日本に於いて」9条が安全保障に資するとは言えない、と言う風におかんがえなのでしょうか?
ぐりさんがあげられたケースでは、攻め込まれた国はコスタリカのようにまさに9条を実践していると言えるような積極的な非武装中立の平和外交を展開していたのでしょうか?国内では熱心な平和教育や民主主義教育が行われていたのでしょうか?
それで失敗してしまったというのならば私も是非検証する必要があると考えます。
しかし単に「相手の100分の1しか軍事力を持っていなかったケース」というだけで揚げられたなら、それは「単に軍事力の有無だけで安全保障を考えている」のとさほど変わらないように思います。(私は非武装のみならず、積極的平和外交や平和教育、民主主義教育が両輪として必要と考えています)

ぐりさんにお尋ねしたいのですが、ぐりさんが攻め込まれた例としてあげた国は、対内的には積極的な平和教育や民主主義教育を行い、対外的には積極的な平和外交を行っていた、9条を体現したような進んだ民主主義国家だったのでしょうか?
そしてぐりさんはもし攻め込まれた国がそれなりの軍事力を持っていたら紛争は起こらなかったとお考えなのでしょうか?(←まあ、こちらはifの話になってしまいますからムリにお答えいただく必要はないのですけれど・・)
これが第一の質問です。

ぐりさんは、例としてあげられた紛争について詳しく知らなければ、現在の日本の安全保障として9条がふさわしいかどうか語れないという思考方法なのだと推察します。
しかし私にはそれは「9条は日本の安全保障に資するかどうか」を検討する際にふさわしい思考方法だとは思われません。
全ての紛争を検証しなければ9条で大丈夫と言えるかどうか判断できない、とも思いません。

私はむしろ、世界のあらゆる紛争について知らなくても、今日本が置かれている具体的状況を分析することが、9条が安全保障としてふさわしいかどうかを考えるのに必要な思考方法だと思います。
(その具体的な分析については既に記事で書いております)

ぐりさんはなぜ今、日本が現在具体的に置かれている状況を分析して9条がふさわしいかどうかをお考えにならないのでしょう?「日本に9条がふさわしいかどうか」を考えるとき何故「日本の今の状況」を判断材料にせず、違う場所で違う状況に置かれている国のことばかり判断材料にされるのでしょうか?私にはそれが理解できないのです。
これが第二の質問です。

今日本が置かれている状況を考えたとき、ぐりさんは日本が軍隊を持たねば、あるいはアメリカ軍がいなければ、即、チベットや東トルキスタンのように侵略される現状にあると分析されているのですか?
これが第二の質問に付随した第三の質問です。

私は成功例から学ぼうとします。というのは、9条を実践して失敗してしまった国というのをまだ聞いたことがないからです。
9条を実践しているとはっきり言える国として筆頭にあげられるのはコスタリカですね。他にも現在軍隊を持たない国は28あると言われていますが、ぐりさんが揚げられた国の中にはその国は入っていませんでしたよ。モルディブは戦争じゃないし・・(9条を実践するとは、単に軍事力が相手国より弱小だということではありません。)
ぐりさんは何故軍隊のない平和外交が成功している例から学ぼうとされないのでしょう?
これが第四の質問です。

以上の私の質問がそのまま理由となるのですが、どうもぐりさんのコメントは、9条を否定する「ためにする議論」に感じられてならないことを申し添えておきます。

URL 編集

秋原葉月さん

>ぐりさん・追加

モルディブの件ですが、「9条こそ抑止力」とどう関係ありますか?

URL 編集

観測霊さん

No title

※言葉足らずなところがあったので、追記してます。
> ぐりさん
はじめまして。

> 帝国主義後の時代にも、ほぼ非武装の相手に対する侵略は発生しておりますが...?
・朝鮮戦争。
・チベット・東トルキスタン侵略。
・湾岸戦争。

このうち朝鮮戦争、チベット・東トルキスタン侵略については第二次大戦終結から1950年代にかけての出来事で、アフリカで独立運動が盛んになり、実際に多くの国が独立を果たしたのが1960年代に入ってからであることを考えると、とても「帝国主義後の時代」とはいえないと思いますが。さらに言えば分離独立をめざす運動は、依然世界各地で続いていますから、今現在ですら「帝国主義後の時代」と言えるかは微妙なところだと思います。たとえばポリネシア諸島などは自治権があれど、いまだに「フランス領」ですしね。
しかし少なくとも、以前のように他国を新たに植民地化することはできなくなりましたし、侵略戦争は国連憲章で明文として禁じられています。明らかに世界は変わってきました。いまや帝国主義の時代は、少なくとも終わりつつあるのは確かだと思います。


それから湾岸戦争(おそらくぐりさんが仰りたいのは、イラクによるクウェート侵略のことだと思われますが)についてですが、クウェートはもともと地域的にも歴史的にもイラクと一体だった場所を、当時のオスマン帝国からイギリスが切り取って保護領にした事が起源の国です。ですからイラクには昔からクウェートを国として認めないという考え方がありました。決してぐりさんのおっしゃるように「ほぼ非武装の相手にいきなり(←ここ大事)敵がイナゴのように侵略してきた事例」ではありません。
歴史的経緯というものが存在します。朝鮮戦争もそうで、かつてはひとつの国だった地域を大国の都合で分割すれば、軋轢や衝突が起きるのは当然です。
ちなみにイナゴの大発生にもきちんと原因があるものです。いきなり沸いたように見えるのは、人間がそれを見落としているからにすぎません。まぁ、ここではどうでもいいことですが(笑)

一応、言っておきますが、わたしはぐりさんが挙げられたこれら三つの戦争および侵略を、良しとはしません。というか、わたしは基本的にあらゆる戦争に反対です。ですが、平和のために戦争について学ぶのは大切なことだと思っていますから、敢えてツッコミを入れました。
軍事力の多寡は、戦争の引き金となることはあっても、原因にはなりえません。かつて小さな島国が、明らかに国力が劣るにもかかわらず、アメリカやイギリス、オランダといった大国に戦争を仕掛け無残に敗北した例を見れば、戦争が彼我の軍事力の比較のみを原因にして起こるわけではない証左となるでしょう。

そう、戦争の原因は複合的なもの、つまりは「いろいろ」なのです。それには当然二国間の関係やその経緯、つまりは歴史が深く関わっています。歴史に学ぼうという、ぐりさんのお言葉は正しいと思います。わたしなどより、よほど歴史にはお詳しいようですし、言わずもがなだとは思いますが、ただ、歴史の一部を切り取って、その細切れを参照しても、得るところはあまり多くはないと思います。それよりも歴史の流れを意識して、それに学び、戦争を起こさない方法、戦争をしないですむ世界を作る方法を模索したいものです。

URL 編集

一知半解さん

観測霊さんに質問です

横レス失礼します。

>観測霊さん

>それよりも歴史の流れを意識して、それに学び、戦争を起こさない方法、戦争をしないですむ世界を作る方法を模索したいものです。

その”具体”策をお伺いしたいのですよ。
模索中とか検討中とか先送りするのではなく、日本の安全保障を維持しつつ、軍事力を減らしていける方針を示してもらわないと、誰も怖くて支持できないと思いますがいかがでしょうか?

ちなみに、コスタリカの例がこちらではよく挙がるようですが、日本と立場・条件が全然違いますし、参考にならないと私は考えますが…。

URL 編集

秋原葉月さん

>観測霊さん

いつも足りないところを補っていただき、深く感謝していますm(_ _)m

>「ほぼ非武装の相手にいきなり(←ここ大事)敵がイナゴのように侵略してきた事例」ではありません。
歴史的経緯というものが存在します。
ちなみにイナゴの大発生にもきちんと原因があるものです。
>軍事力の多寡は、戦争の引き金となることはあっても、原因にはなりえません。
>戦争の原因は複合的なもの、つまりは「いろいろ」なのです。それには当然二国間の関係やその経緯、つまりは歴史が深く関わっています
>歴史の一部を切り取って、その細切れを参照しても、得るところはあまり多くはないと思います。

全く同感です。
二国間の軍事力の均衡がとれてないとか、一方が極端に軍事的に弱小になったことが原因で始まる戦争はありません。戦争の原因となるのは観測霊さんの仰るとおり、歴史的な経緯を持つもめ事の存在です。
逆に言えば、国家間に歴史的経緯を持つもめ事が無ければ、相手が非武装だからといっていきなり攻めてくるなどおよそ非現実的でありえませんよね。
コスタリカ市民が言うように「武力は、問題が解決できず山積みになった結果使われる。大事なのは、そうなる前に話し合いで解決をはかること。その努力を議論せず、武力行使された時のことだけ問題にしても現実性がない。」のです。
ですから「歴史の一部を切り取って、その細切れを参照」にするのは「ためにする議論」に他ならないと思うのです

それで、現実に即して考えてみた場合、日本は現実に軍事衝突によってしか解決できない争いごとに巻き込まれ、軍事侵略される現実的危険があるかどうかを考えてみてください、ということをぐりさんに言いたかったわけです。
尖閣諸島や北方領土など、もめ事自体はもちろんありますが、もめ事の存在=即戦争勃発ではないです。このもめ事は戦争を起こして国土を戦火で焼かないと解決しない問題だと思うのは非現実的です。

という趣旨を既に記事本文で書いてると思うんですけどねえ・・・なかなか伝わらなくて(^^;

URL 編集