国民の間に社会的な不満や閉塞感がつのってきたとき、スケープゴートとして社会的弱者へのバッシングが煽られることは過去に書いてきました。
社会的弱者へのバッシングの代表である生活保護バッシングですが、片山さつき氏らが河本純一さんのご家族の生活保護受給をやり玉に挙げたのは、生活保護制度の改悪に大きな弾みをつけました。
(その片山さつき氏の呆れるような言動を
前の記事にメモしておきました)
6/4に衆議院を通過した改悪生活保護法の問題点は、
①「水際作戦」の合法化(現在ではもちろんこれは違法だが、違法な実務がまかり通っている)
②親族による扶養義務の強化
③調査権限の強化
です。
[続きをよむ]の中に、この改悪を論評した記事へのリンクを張っておきますのどうぞご覧下さい。
ここではDIAMOND onlineの記事から抜粋させて頂きましょう。
●事実上、利用できない制度へと変わる!?
生活保護法「改正」案の驚くべき内容
http://diamond.jp/articles/-/36055
(前略・引用開始)
数多くの問題が含まれているうち、生活保護制度に対して「破壊力が大きい」と形容したくなるほどの影響を及ぼすのは、「水際作戦」の実質的合法化と、親族による扶養義務の強化、調査権限の強化である。この3つが相乗効果をもち、生活保護の申請を事実上不可能に近くする構造だ。
「水際作戦」とは、福祉事務所等の窓口で生活保護の申請を希望する人々に対し、就労の努力を求める・親族に扶養してもらうことを求めるなどの方法で「申請権はない」という誤解を与えたり、申請書を渡さなかったり、申請の意思があっても無視したりする対応である。もちろん、現在の生活保護法では違法である。
現在の生活保護法では、口頭でも、レポート用紙などを利用したメモ書きでも、福祉事務所等の窓口で申請の意思を示せばよい。実際には、口頭では意思表示の証拠が残りづらいし、メモ書きでは「申請書ではないので受け取りません」という対応を受ける場合もある。しかし、現在の生活保護法・厚労省通達・判例等では、このように意思表示が行われた場合も、「申請を受理する必要がある」という解釈が確立されている。
「簡単に申請できるから、安易に利用する人が増えたのでは?」
という意見もあるかもしれない。しかし困窮者の多くは、充分な教育を受けていない。小学校・中学校に就学して義務教育を受けていたということは、中学卒業程度の学力を有することを必ずしも意味しない。もしかすると、知的障害を持っているかもしれない。年長の聴覚障害者の中には、知能を発達させるために必要な配慮を受けられなかった例も珍しくない。
福祉事務所の窓口をやっとのことで訪れ、恐る恐る、生活保護を申請したいという意思表示をする人々の圧倒的多数は、このような人々だ。だから、申請のハードルは低くなくてはならないのである。そもそも、「働けるのに働かず、安易に生活保護に頼る」というタイプの生活保護当事者は、非常に少ない。身近にいれば感情を刺激されてしまうかもしれないが、比率では決して多くない。
では、改正案ではどうなるのだろうか? 申請に関する条文は、以下のようになっている。
(条文はリンク先でどうぞ)
申請は「厚生労働省令で定めるところにより、次に掲げる事項を記載した申請書」で行わなくてはならなくなる。文字の読み書きができないとしても、口頭では申請できない。申請書同等の事項を記載した用紙での申請も、受理されなくなる可能性が高い。
また現在は、預金通帳のコピー・住居の賃貸契約書のコピーなどの書類は、申請後に提出してもよい。申請時に揃っているに越したことはないのだが、必ずしも揃えられるとは限らないからだ。困窮者の「DV被害を受け、着の身着のままで飛び出してきた」「失業して家賃を払えなくなり、アパートを追い出され、賃貸契約書を持ち出せなかった」といった状況に想像を及ぼせば、そのような時に「書類が揃えられないのならば、生活保護の申請は受理できません」という対応を受けることがどれだけ破壊的であるかは、容易に理解できるであろう。
では、それらのハードルを乗り越えて、生活保護を申請すると、次に何が起こるのだろうか?
改正案では、三親等以内の親族による扶養義務が強化される。
(条文略)
現在でも、親族には「扶養できませんか?」という照会が行われるが、高額の所得や資産がある場合を除き、否応なく強引に扶養を求めているわけではない。家族・親族の関係が円満であるとは限らない。親族に、充分な経済的余裕があるとは限らない。しかし改正案では、扶養義務の履行を求めている。充分とされる扶養を行わなければ、洗いざらい調査されるのである(29条)。調査の範囲は、年金・銀行・信託会社など資産にかかわるものに始まり、勤務先の雇主にまで及ぶ。「あなたの親族が生活保護を申請したことを、利用しているということを、勤務先にバラすぞ、イヤなら扶養しろ」ということである。
ちなみに、この調査は、生活保護を申請して利用する当事者に対しても及ぶ。また、生活保護を利用している期間だけではなく、未来永劫、関係者が死に絶えるまで続く可能性がある。明示的に期間の限定が記載されていないということは、そういうことを意味する。
もともと生活保護制度は、働かないことを奨励する制度ではない。就労しているけれども収入が低い場合には、保護費との差額を受給することができる。いわゆる「ワーキング・プア」が生活保護以下の収入しか得られない場合には、生活保護を申請すればよいのである。少なくとも、生活保護水準の生活はできる。しかし、改正案が成立すれば、このような事例も少なくなるかもしれない。なにしろ、生活保護を受給していることが、勤務先にバレてしまう可能性があるのだ。
24条8項には、
「ただし、あらかじめ通知することが適当でない場合として厚生労働省令で定める場合はこの限りではない。 」
という但し書きがある。もしかすると、「DVや虐待の被害者に対する配慮は充分である」というアピールのためかもしれない。しかし、そのような場合の申請を「事実上、無理」にするのが、この改正案である。この但し書きは、何の意味を持つのだろうか?
なお、この生活保護法改正案に対し、厚労省・与党は、
「運用はこれまでどおり、変わらない」
としている。たとえば、2013年5月15日の公明新聞には、以下のような記載がある。
「厚労省側は一部報道で、同改正案に保護の申請を厳格化する項目が盛り込まれたとの指摘があることに言及。これまで省令で定めていた規定を条文に盛り込んだもので現行の基本的な取り扱いと変わりはないと述べたのに対し、公明党側は誤解を招かないよう周知を要請した。
また、厚労省側は「緊急で必要があれば、申請を口頭で認めるという取り扱いも当然ある」と述べ、引き続き必要な人への支援を行う考えを強調した。 」
2013年3月11日の厚労省課長会議資料より。「書類が揃っていないから生活保護申請を受理しません」という取り扱いを「不適切」としている
しかし、上位法の優越原則に照らせば、運用で「申請を口頭で認める」「メモ書きでも申請を認める」「添付書類が揃っていなくても申請を認める」といったことはあり得ない。法に違反する省令や運用規則を定めることは、不可能だからである。もし、そのような運用を行うというのであれば、この改正案そのものに意味がないということになる。
(引用ここまで・後略)
申請の要件を厳しくする政府案は若干修正されましたが、本質は何ら変わっていません。
最後のセイフティネットである生活保護を有名無実化し、事実上生活保護を受けられないようにすると言うことは、
国は、国が必ず行わねばならない生存権の保障という責務(憲法25条)を放棄した、日本では憲法で生存権を謳ってはいても、もうそんな人権は存在しない、ということです。
現在日本での年間の餓死者数は急増傾向にありますが、生活保護法の改悪が参議院でも可決されれば、さらに餓死者、孤独死、自殺者は増加するでしょう。
こんな法案に反対したのが社民党と共産党しかおらず、自民党、民主党、公明党、維新、みんな党、生活の党は全て賛成したのです。
国民はこんな政党を大挙して国会に送り出してよかったのでしょうか?それとも自分たちの生存権を放棄することが国民の多数民意なのでしょうか?
つい最近も大阪で若い母親と幼児が餓死する痛ましい事件が起きました。
北九州で「おにぎりが食べたい」と男性が餓死した事件も、北海道で障がいを抱えた妹を介護していた姉が妹と共に亡くなった事件も、多くの国民の涙を誘いました。
その一方で、そういう痛ましい犠牲者を量産する改悪生活保護法案を強力に押す安倍内閣を70%近くもの国民が支持する。
この矛盾をどう考えたらよいのでしょう?今のような貧困格差社会は一度落ちれば這い上がるのは難しい「すべり台社会」、いつ自分が生活保護を必要とする境遇になってもおかしくありません。
今度の生活保護法改悪を「ナマポざまあ」と喝采するのは「肉屋を熱烈に支持する豚」であるし、孤独と貧困のうちに餓死していった大阪の母子に唾を吐きかける行為だと言いたいです。国連の社会権規約委員会は、日本の生活保護制度について、
「生活保護の申請手続を簡素化し、かつ申請者が尊厳をもって扱われることを確保するための措置をとるよう」
「スティグマを解消する目的で、締約国が住民の教育を行なうよう」
という勧告を行いました。
(
http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-133.htmlより
http://diamond.jp/articles/-/36751も参照)
この勧告は5/17に為されましたが、奇しくもその日にこの改悪案は閣議決定されています。
ここ一ヶ月ほどの間に、日本で横行するヘイトスピーチや慰安婦問題に見られる歴史修正主義に対し国連から批判が為されました。また、
過労死に関しても勧告が為されました。
それだけではなく、生活保護、最低賃金に関しても勧告が為されました。
短期間にこれだけの勧告を受けるなんて、人権後進国の面目躍如ですね。
しかし日本はこれらの勧告に対し、何ら誠実な対処を行おうとしません。
生活保護に関しては、勧告に逆行する議決を現在進行形でおこなっているのです。
安倍政権は、日本という国家は、こうしてどんどん憲法違反の政策をごり押しし、現在の憲法が国民に保障する人間らしく生きる権利(人権)を奪っていきます。
この法案は成立させてはいけないし、次の参院選でこういう法案を推す政党を勝たせることは、私たちが人間らしく生きていく権利を放棄していっても構わないのだ、それが国民の意思だ、ということになってしまいます。
それでいいのかどうか、よく考えてみてほしいと思うのです。