千葉法相が就任して取調の全面可視化が進むだろうと期待していたところ、中井洽国家公安委員長がとんでもないことを言い出しました。
おとり捜査や司法取引検討=取り調べ可視化に伴い-就任会見で中井国家公安委員長
9月17日13時15分配信 時事通信
中井洽国家公安委員長・拉致問題担当相は17日、警察庁で就任会見を開き、取り調べの全過程を録音・録画する可視化を民主党のマニフェスト(政権公約)通り実施すると述べた。その上で「取り調べ当局にとって犯罪摘発率を上げ、スピード化できる武器を持たせてあげないと、一方的な全面的可視化だけでは済まない」とも述べ、おとり捜査や司法取引などの導入を前向きに検討する意向を示した。
おとり捜査は、捜査当局などが相手に身分や意図を隠して犯罪実行を働き掛け摘発する手法。司法取引は、捜査当局が容疑者らの協力と引き換えに刑や罪状を減免する制度で、中井委員長はこれらについて「日本にはなじまない」との懸念も示しつつ、「当局に幅広い権限を持たせなければ、治安に対する要望は満たされない」と話した。
取調の可視化は、おとり捜査、司法取引とバーターのつもりとは驚きました。可視化を認めてやる代わりにおとり捜査や司法取引を認めろという了見でしょうか。
何故これらが取調可視化とセットになるのでしょう、全然関係ないではありませんか。私は理解に苦しみます。
おとり捜査も司法取引もそれぞれ問題があります。
◇まずおとり捜査について
おとり捜査とは、捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものを言います(最決平成16年7月12日)
犯罪を抑止すべき国家が犯罪を誘発しておきながらそれを罰するのですから、そもそもおとり捜査は違法です。例外的におとり捜査が認められるのは、おとり捜査でないと摘発が難しい麻薬取引などの事件などあくまで一定の要件の下でのみ認められるケースに限るべきであって、出来るだけ謙抑的でなければならないと思います。
前出最高裁判決では、少なくとも,
①直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,
②通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,
③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべき、としています。
麻薬の売買摘発でおとり捜査が認められるケースは多いのですが、その他にも、偽ブランド商品、海賊版ソフト、児童ポルノなどの猥褻物などの路上やインターネットオークションでの販売の場合におとり捜査の一種である買い受け捜査が行われたり、最近では犯罪闇サイトを取り締まるのにおとり捜査をしています。
しかしおとり捜査を安易に認める方向にむかえば、捜査機関はだれかを「罠」に陥れて逮捕拘留する違法行為を行えるようになります。
たとえば、あなたに女性警察官が身分を隠してしつこく色仕掛けで援交を迫り、ついふらふらとついていってしまった場合を考えてみてください。
また、先の国会で廃案になった児童ポルノ禁止法改正案で考えてみましょう。
この法案では児童ポルノの単純所持さえ違法とされていました。
捜査機関が禁止される児童ポルノの写真が載った雑誌を売ったり、あるいはゲームや画像を配信して所持させるのは比較的簡単です。それを利用してある特定の人物を別件で逮捕する手段として使うこともできます。これは大変危険なことです。
おとり捜査を安易に広げるのは捜査機関による違法な人権侵害を引き起こします。これを積極的に導入しようとする中井国家公安委員長の考え方は人権侵害の危険性を積極的に増やすようなものです。
◇次に司法取引について
司法取引とは、被告人が有罪を認める代わりに,検察官が犯罪の一部を不問に付すなどして通常より大幅に軽い刑を求刑し,裁判官は有罪無罪の審理を開くことなく有罪判決を言い渡すことをいいます(
日本裁判官ネットワークより引用)
現在アメリカ、イギリスなどで行われていますが、私はこの制度は必ずしも良い制度だとは思っていません。
例えば今問題になってる痴漢冤罪で考えてみましょう。映画「それでもボクはやってない」をご覧になった方だとよくわかると思います。
痴漢容疑で捕まった時、素直に罪を認めれば罰金で即釈放。しかしあくまで否認すれば何ヶ月も勾留され、何年も裁判にかけられ、有罪となる確率が極めて高い。となれば、もしも何もやってなかったとしてもどちらを選ぶかは明らかです。
お金(罰金)を払って解放することと引き替えに、冤罪を甘受させているのです。
これは既に一種の司法取引と言えます。
裁判中は拘束され、仕事や社会的信用を失うことも多く、被告人でいること自体が既に刑罰のようなものです。そうして受ける裁判は有罪率が99.9%です。死刑又は無期に当たるような重罪の場合、罪を認めれば、10年くらいにしてやると言われたとき、あるいは罪を認めれば執行猶予をつけてやるといわれたら、もしやっていなくても素直に罪を認めた方がましだという誘惑に駆られてもおかしくないでしょう。
司法取引は、自分の罪を認めるだけではなく共犯者の情報を教えた場合も含まれます。
今までも共犯者の自白により、冤罪となった事件はたくさんあります。
誰かに罪をなすりつけることで自分の刑が軽くなる司法取引があるのなら、虚偽の自白で無実の誰かを陥れるようになるでしょう。
司法取引は冤罪を益々増やす危険が極めて高いものなのです。取調の可視化を導入して冤罪の温床を減らしても何にもなりません。
ひょっとしてアメリカと同じように共謀罪を導入する予定でもあるのかと勘ぐってしまいます。
このように問題のある制度を安易に導入しようという中井さんは適正刑事手続を一体なんだと思っているのか、その見識を甚だ疑問に思わざるを得ません。
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