ソマリア沖の航行がどうしても回避できないものであるのならば、船舶を護衛するのはもっともだと思いますし異議はありません。しかしそれは海上保安庁の仕事です。自衛隊の仕事ではありません。
◆海上保安庁の総合情報サイトより
http://www.os-dream.com/jcg/difference.html
■海上自衛隊の任務
自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当るものとする。
(自衛隊法より)
■海上保安庁の任務
海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋の汚染の防止、海上における犯罪の予防及び鎖圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする。
<中略>
この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。
(海上保安庁法より)
■指揮監督の比較
■海上自衛隊
組織上の指揮系統
防衛省─海上自衛隊
指揮監督権者の指揮系統
内閣総理大臣─防衛大臣─(統合幕僚会議)─海上幕僚長
■海上保安庁
組織上の指揮系統
国土交通省─海上保安庁
指揮監督権者の指揮系統
国土交通大臣─海上保安庁長官(ただし、有事には防衛庁長官の指揮を受ける場合があります。)
(引用終了、下線は私)
このように、海自と海保は全く異なる組織であり、ソマリアの海賊対策はズバリ海保の仕事だというのがよくわかります。そして実際日本の海保は海賊退治の実績もあるそうです。
(引用開始)
海賊の取締りは、本来海上保安庁の仕事だ。だから海上保安庁の巡視船も武器を装備し、ヘリコプターも搭載している。
そして実際、そのための訓練も行われてきた。同庁のホームページを見ると、今年1月の「海保ニュース」№9に、「官民連携による海賊対策訓練の実施」として、次のような記事がある。
「(昨年)11月17日及び12月12日の両月、東南アジア公海上において、東南アジアへ派遣中の巡視船「しきしま」と日本関係船舶及び関係者により海賊対策訓練を実施しました。
同訓練には、日本関係船舶が海賊船から追跡・接近等を受けた場合を想定した実働訓練を実施し、同船へ海上保安官を移乗させ安全確認を行う訓練……等を実施しました」
こうした共同訓練は以後も継続して行なわれている。(中略)
海保の巡視船の船腹には、JAPAN COAST GUARDと書かれている。「日本沿岸警備隊」だ。しかし東南アジア海域まで出かけて他国との合同訓練を積んできた。
『世界』3月号の前田哲男さんの寄稿「海賊対策にはソフト・パワーを」によると、IBM(国際海事局)の統計では、00年当時世界の過半数を占めた東南アジアの海賊発生件数(262件)は、08年にはインドネシア海域で28件と9割減、マラッカ海峡ではわずか2件に激減したという。
そしてこのめざましい成功の基礎には日本のODAによる巡視船提供や共同訓練などがあったとして、前田さんはこう評価している。
「日本は海上保安協力を通じ、海上警察の執行機関として重要な国際貢献を果たしてきた」
日本の海上保安庁はこのような国際的実績をもつ。一方、海上自衛隊は海賊取締りの訓練などやってはこなかった。今回のソマリア沖にも海上犯罪対策の専門家である海上保安官が同行する。
海賊対策は海上保安庁の仕事だ。にもかかわらずソマリア沖海賊問題に関しては、どうやって自衛艦を出すかだけが取り上げられてきた。海保が取り組んできた国際的な努力は今も黙殺されたままだ。(<なぜ すぐ自衛艦 ソマリア> 海保の国際的取組み黙殺 梅田正己 より、引用ここまで)
何故政府は実績豊富な海保でなく、海賊退治の訓練などしてこなかった海自を派遣すると大急ぎで決めたのでしょうか。
その理由として政府は、ソマリアは遠距離で且つ海賊のロケット砲に対応できるだけの装備が海上保安庁にはないこと、各国から来る軍との連携、をあげています。
しかし、他国からは軍が来るからうちも・・ってこれ、理由になるでしょうか?
海保では万一連携が必要なときに妨げがあるとは思えないし、連携するのは軍だけでなくイエメンの沿岸警備隊ともでしょう。
「中国、駆逐艦派遣」の情報が流れると、内閣官房の某高官は首相に向かって「中国に負けるわけにはいきません」といい、「そりゃそうだ」で決まったそうです。
これは、とにかく自衛隊を出して他国軍と「集団的自衛権ごっこ」がしたい、というのが本音ではないでしょうか。
また、本当に政府が言うように海上保安庁にソマリア沖の海賊に対応する力がないのか、私は疑問に思います。
海保の元幹部は「ロケット砲の有効射程は五百メートル。同五千メートルの機関砲を備え、航続能力もある『しきしま』『みずほ』『やしま』の三巡視船が交代制で、五百メートル以上離れて射撃すれば対応できる、という反論もありますし(
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2009041702000083.htmlより)、世界最大の6000トン級の巡視船しきしま」のほかにも、海保は、3000トン級、2000トン級の巡視船を何隻も保有している、と梅田正己氏は指摘しています。
そして
はなゆーさんによれば、日本の船舶は4,5日に一度しかソマリア沖を通らないということなので、海保の有する船で間に合うのではないでしょうか。
また、自衛隊の大きい船艦ではかえって役に立たないとイエメンの沿岸警備隊長が指摘したのは
以前のエントリーでも載せました。←そういえば海自の大きい船艦は漁船がぶつかっても気付かなかったのに(!)海賊が小舟で急襲したらどうするんだろ(爆)
それにもし仮に能力が足りないのだとしたら、それを補充増強して海保を派遣する、というのが筋だと思います。
マスコミは何故こういうことを指摘しないのでしょうか。
◆再々ソマリア沖自衛艦派遣問題 今からでも遅くないメディアは海上保安庁の取材を! より
(引用開始)
昨年10月、民主党の議員が、ソマリア沖海賊問題について、海上保安庁長官に海保としての取り組みをたずねた。
それに対し、長官は、「ソマリア沖まで派遣できる船は海保にはない」と答弁した。
このひと言によって、海保は対策の枠組みからオミットされ、問題は海自の軍艦派遣にしぼられたのだ。
(中略)
前々回、前回で紹介したように、日本の海上保安庁は東南アジアの海賊対策に国際的に取り組み、めざましい実績を挙げてきた。マラッカ海峡の海賊問題も、これでほぼ解決できた。
マラッカ海峡からインド洋を越えれば、そこがソマリア沖だ。東南アジアで出来たことが、なんでソマリア沖では出来ないのか?
「海賊対策は第一義的には海上保安庁の仕事だ」と、麻生首相も明言している。そして海保は、現実に国際的な海賊対策で立派な実績を積んできている。 それなのに、国会で答弁に立った海上保安庁長官のひと言で、任務からはずされてしまった。
海保のホームページを見れば、海保が東南アジアでどんな海賊対策をやってきたかがわかる。質問に立った民主党議員は、海保長官の他人事のような答弁に対して、なんでもう一歩突っ込めなかったのか。国会の質疑として、あまりに軽すぎはしないか。
議員だけではない。メディアの新聞記者や放送記者はどうしていたのか?
聞かなかったのだろうか、とも思ったが、サンデーモーニングを見ると、ちゃんと「絵」は撮ってあったのだ。
長官の答弁を、聞くことは聞いたのだろう。しかし何の疑問も抱かず、したがって海上保安庁に行って自分の目と耳で確かめることをしなかったのだ。(引用ここまで。強調は私)
マスコミは、海保では対応できないとの政府の言い分を何の疑義もなく一言さらりと流しただけです。
これではマスコミは、政府の言い分を疑って検証してみる「権力の監視」という重要な機能を放棄して、単なる政府の広報機関に成り下がっています。
国民は何の疑問もなく海保はダメなのか、と思ってしまうでしょう。
もう一つ指摘しておきたいのは、、海の警察ともいえる海上保安庁の派遣と、実質的に軍隊と見なされる自衛隊の派遣とでは、意味合いがまるで違う、ということです。
軍隊と警察は違います。
自衛隊は警察ではありえないのです。
事実、自衛官には逮捕権がないのでわざわざ8人海保の職員(逮捕権がある)を同行していっています。
[追記]
自衛隊は警察ではない、について、(1)で引用しました水島教授の意見陳述にわかりやすく書かれていたので引用を付け足しておきます。
(引用開始)
(例えば、陸上の強盗犯人)について、警察が対処しきれない場合には自衛隊が対処するということを正面から定めた制度はありません。(略)
司法警察の領域である個別の犯罪行為を対象として自衛隊が関与するような制度はほかにないのではないか。制度としてのバランスはとれているのか。なぜ、自衛隊は、法律に基づいて犯罪とされる行為のうち、陸上のものについては対処せず、数多くある海上の犯罪のうち、海賊行為についてだけ対処するのか。(略)
これでは、司法警察制度に対する自衛隊の過度の介入ではないか。(引用終了)
海自は海保の警察活動を代理していい組織ではない、ということです。
(追記ここまで)
例え方が悪いかもしれませんが、刑事手続は検察官が起訴し弁護士資格のある弁護人が弁護につき裁判所が刑を言い渡さなくてはいけません。もしこの一連の手続を犯人の住む街の一般人が行ったとすれば、たとえ本物の刑事手続そっくりに行ったとしてもただの私刑にしかなりません。
同じように、警察ではない自衛隊が発砲すれば(海賊対処法はかなり緩い要件で発砲を認めています)、
それはもろに憲法が禁じている武力行使~国益を守るために武力を行使した~になるのであって、決して警察活動にはならないのです。
そして、この憲法が禁ずる武力行使を、ソマリア海賊に限らず恒久的に自衛隊に認めようとしているのが海賊対処法です。
一見して違憲性が見えづらくなってますから、こうした事をマスコミが国民に明示する必要があると思います。
でなければ、海保も海自も物理的な有形力を行使出来る点は共通していますから、似たもの同士一緒くたにされやすく、海保がダメなら自衛隊が行ってもいいんじゃない?になんとなくなってしまうのではないでしょうか。
こうしてみると、海賊から身を守るための自衛隊派遣はちっとも仕方なくなんかない。
海自派遣に賛成させるため、そう思わさせられているだけではないでしょうか。
自衛隊が、海上保安庁の任務の皮を被って憲法違反を隠蔽しようとしている、と私は感じます。
参考になるリンク先をあげておきますので、是非お読み下さい。
◆
JCJ出版部会1:ソマリア沖海賊問題―海賊対策の専門官庁・海上保安庁を跳び越してなぜすぐ「自衛隊派遣」に跳びつくのか?
2:続・ソマリア沖海賊問題―日本がイニシアティブをとった東南アジア海上保安協力【追記】
3:再々ソマリア沖自衛艦派遣問題
今からでも遅くないメディアは海上保安庁の取材を!
http://www.jcj.gr.jp/shuppan/jcj0/jcj55.html ◆<
なぜ すぐ自衛艦 ソマリア> 海保の国際的取組み黙殺 梅田正己http://jcj-daily.sakura.ne.jp/watching000.htm■「海賊新法」は何が問題か ―― 海賊と日本(1) 2009.3.9
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2009/0309.html■海賊対策のもう一つの道 ―― 海賊と日本(2・完)2009.3.16
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2009/0316.html[追記・2]
(1)であげたリンク先ももう一度ご紹介
◆マガジン9条 第4回「ソマリア沖派兵と海賊対処法」
http://www.magazine9.jp/juku2/090429/◆NPJ通信ー憲法記念日 緊急寄稿 ソマリア海賊対策の欺瞞性を突く―─新法は恒久法・憲法改正への一歩
http://www.news-pj.net/npj/kimura/011.html>◆
マガジン9条 9条は日本人には“もったいない”http://www.magazine9.jp/other/isezaki/◆
マガジン9条 憲法9条があっても「戦争ができる国」へ
http://www.magazine9.jp/other/gw09/◆
4月21日の衆議院での水島朝穂・早稲田大学教授の参考人としての 意見陳述 http://www.asaho.com/jpn/bkno/2009/0427.html[追記・3]
(3)に続きます
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